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火で活動の牡羊は一瞬で火を点け、水で活動の蟹は人の心を揺り動かし絆を作り、風で活動の天秤は知性を動かして適切な距離を図り、地の活動の山羊はこの現実世界を動かしていく。
— 鏡リュウジ (@Kagami_Ryuji) 2017年3月12日
内弁慶に見える蟹座や慎重そうな山羊座も実は”活動星座”です。実際、彼らもよく見ているとじっとしていないでしょう?
— 鏡リュウジ (@Kagami_Ryuji) 2017年3月12日
私たち、ここにいるの
「これ何だ?」
賢者の基地に3日ぶりに帰宅したディーンが目にしたのはテーブルの上に置かれた一対の和風人形。
煌びやかな着物を着てはいるが
無表情な白塗りの顔が何とも言えない不気味感を醸し出していた。
「ああ、それ?日本に観光に行って買ってきたらしいんだけど、それを飾ってから奇妙なことが起こるっていうから譲り受けたんだ」
遠目からその人形を眺めているディーンに、数冊の本を片手にしたサムがそう答えた。
「誰から?」
「FBIのフリして警察官に情報もらってる時に何か変なことがないかって聞いたら、実はって切り出されて」
「サム、別の問題持ち込むな。俺たちにはやるべきことが他にあるだろ」
今はカインの剣を手に入れるべき彼を探している最中だった。
「分かってるさ。けどこういうのも俺たちの仕事だろ?今は話が大きくなってるけど、こういう小さな問題だって立派な仕事だろ。一つ一つ片付けてかないと、気持ちばかり焦ったってそう簡単に見つからないよ」
そう正論に諭されてはディーンに勝ち目はない。
仕方ないとばかりにディーンは早速その人形に争点を移した。
「で、奇妙なことってなんだよ」
「2週間前に旅行から帰ってきてすぐ飾ったらしいんだ。そしたら毎日首の向きが変わってるらしい」
「首が?」
「うん。まるで周りを見渡すように動いてるっていうんだよ」
首だけが真後ろを向いていた時はただ事じゃないと驚いたほどだという。
そしてある日、棚の上に飾っていたのに、床に移動していたというのだ。
「それで何か分かったのか?この不気味な人形のことは」
「不気味ってまぁそう思うのも無理ないけど・・・これ日本の伝統雛人形だってさ」
「雛人形?」
「どうやら女の子に贈る人形らしいよ。健康と幸せを願ってさ」
3月3日はひな祭りと言って飾ったお雛様を見ながら祝う行事なのだという。
それを聞いたディーンはどうにも解せない。お世辞にも可愛いなど言えなかったから。
「ふーん。こんな不気味な人形貰って嬉しいのか?」
「雛人形ってさ、形代って言って本人の身代わりになるものらしいからいいみたい」
「身代わりって」
「本人が受けるはずだった厄とか怪我とかそう言った類の負を代わりに受ける人形」
「それって、この人形自体が災いを溜め込んでるってことか?」
ゾッと背筋が凍る思いがした。
この基地に足を踏み入れた時から空気が重たく、どことなく息苦しさを感じていた。
「そういうことになるね」
「何でそんな恐ろしいもの売ってんだよ」
「どうやら骨董市で買ったものらしいんだ。隅に佇んでいたこの2体が気になったらしくて買ってしまったって」
人形に興味があったわけじゃないのに、気づいたらその人形を手に取っていたという。
「呼び寄せられたって感じだな」
「多分そうだね」
「で、災厄を溜め込んだ人形は最後どうすんだ?」
「流し雛って言って川に流すそうだよ」
「なんだそんな簡単なことなのか?ならさっさと終わらせて、カイン探しに戻るぞ」
そう問われて少し言い淀んだ。
実は引き受ける前に色々リサーチした上でその雛人形を譲り受けたのだが、事はそう簡単に運ばなかった。
「いや、それがさ。そう簡単じゃなくて。俺もそれだけならって引き受けたはいいけど戻ってくるんだ」
「は?何が?」
「だから、川に流しても次の日には元の場所に2体とも戻ってくる」
「・・・試してみたのか?」
「もちろん。で、いまここ」
2体の雛人形をサムは指さした。
「マジか。。。」
「だからもう一回調べ直してるんだけど、日本でそんな風習残ってる場所は少なくて、
今は女の子のお祭りという意味しかないみたいなんだよ」
今と昔では考え方の概念が全く異なっている。
それはアメリカだって同じ事が言える。
血まみれメアリーだって今じゃただの子供への脅し文句にしかすぎず、たとえ鏡の前で声に出したって実際出てくるわけもない。
だが、時に起こる現象がある。
日本の雛人形もまれに起こる現象がこの2体というわけだろう。
「で、どうする?他に方法は見つかったのか?」
「いや、まだだ。いくら文献を探しても川に流す以外の供養方法は載ってない」
「じゃあ、燃やすか?人間だって死ねば燃やすんだ。形代なら燃やすのも同じだろ?」
「燃やせるなら・・・ね」
「試し済みか」
まぁ、その手は初めに思いつく方法だろう。
聖水をかけたり、塩を振ってみたりと数ある方法を試した上でまだということなのだ。
その時ズズっと微かな音が響いた。人形のあるテーブルからだった。
二人してそちらに目を見やると女雛の方が首だけをこちらに向けていた。
「なぁ、あの人形こっち向いてたか・・・?」
「いや、さっきまで男雛と同じ方向見てたはず」
瞬間、青ざめた。
何故なら男雛の首もギリッギリと動いたからだ。
「おい、早く方法探せ!こんな厄介な事案持ってきやがって!!」
「分かってるよ!僕だってこんなに手こずると思わなかったんだっ」
その間も視線を感じ、恐怖におののいた。
その時ふと、ある人物をサムは思い出した。
「そうだ、確かボビーの知り合いに日本の人形を扱ってる人がいたはず」
「早く聞きに行くぞ!これは俺たちだけの手に負えない。怨念とかそんな類だろ」
そして人形を背にして出かけようとした。その時もずっと視線を感じたままだった。
反対方向を向いてるはずなのに。だけど確認するのも怖くて、人形の方を見ないまま外へ出た。
重苦しい雰囲気から解放されたディーンはすぐさま悪態をついた。
「一体何なんだあの人形。動くし、捨てても戻るって恐ろしすぎだろ」
「不可思議な現象は色々と扱ってきたけど、怨念の類は俺たちも苦手だからね」
「体を動かす方が俺には性に合ってる」
ボビーの知り合いに連絡を取るとすぐに会ってくれることになった。
彼女の名はアマンダ。ボビーと歳は同じ頃合の彼女は日本人形に興味を持ち、日本に住んでたこともある人物だった。
日本で数年人形について学んだ後、故郷に戻り日本人形店をオープンさせたのだという。
そして彼女もまた裏の顔はハンターだった。彼女は呪いや咒いを得意とするハンターであり今回の案件にうってつけの人物だった。
早速その店に向かい、事の顛末を全て話した。
話が終わった途端、彼女はとんでもないことを口にした。
「で、それがその雛人形?」
「「は?」」
問われた意味が分からず、二人してすっとんきょうな声を出してしまった。
「だから、持ってきたんでしょ?その曰くつきの雛人形」
彼女が自分たちの後ろを指さした先を振り返って凍りついた。
店の床に雛人形はいた。しかもディーンとサムを見上げるように。
確かに基地に置いてきたはずなのに。
見るのさえ嫌なのに、触れてなど絶対ない。
「「・・・!!」」
二人が絶句したのを見て彼女は悟ったのだろう。
ふぅ~んとひと呼吸おいて言葉を切り出した。
「それ、危険だよ。よくこんなのアメリカに持ち込んだね。というより持ち込まれたかったのかな。アメリカの地を見たかったってことね。自分たちを殺した相手の地を」
「それ、どういう・・・」
険しい表情で、けれど少し悲しみを帯びた声で彼女は話し始めた。
「この人形にはたくさんの無念の思いが込められてるの。おそらくアメリカの爆撃で亡くなった魂が。彼らは何も分からないまま殺された。むしろ死んだことすら気づいてない。体を失い魂が求めてたどり着いたのがこの人形」
「なら教えて欲しい。どうすればその無念を晴らせるのか。伝統に合わせて流し雛をしても無理だったんだ」
不思議とその人形に対する恐怖感はなくなっていた。
ただ解放してあげたい、そう願ってサムは問いかけた。
「そうね、彼らは自分たちで私を求めてここに来た。だから私が引き取るわ。人の思いはとても重いの。そう簡単に無念を晴らすなんて出来ない。成仏するまで長い年月を要するわ。彼らが満足するまでね」
そう言って彼女は雛人形に手を伸ばして拾い上げた。
そして人形たちに向かって声をかけた。
「さぁ、いらっしゃい。今日からここが貴方たちの家よ。思う存分くつろいでちょうだい」
その瞬間、さっきまであった重苦しい雰囲気が消え、空気が軽くなったように感じた。
そして心なしか雛人形の顔も微笑んでるように見えた。
あんなに不気味と感じた無表情だったのに。
店を後にして、インパラに乗り込んだ。
出発してから少ししてサムが話を切り出した。
「なぁ、彼らはアメリカに来たかったんだよね?どう思ったんだろうね、この国を見てさ」
「さぁ。俺たちにわかるわけないだろ。・・・ただ案外、同じだと思ったんじゃないか、アメリカも日本も」
警察官の家をたった2週間という、短い期間で彼らはアメリカを後にしたのだ。
自分たちを殺した憎い相手だろうに、何も危害を加えることなく彼らは古巣を感じられる故郷に戻ったのだ。
それは彼らが天に昇るのもそう遠くないように思えた。
END